竹城台での歴史をひもとけば・・・

2014-04-09

 昭和43年、泉北ニュータウンの開発とともに、竹城台近隣センターは幕を開けた。当時は、非常に画期的な街として、商店街にお越しになるお客さんで賑わっていたことであろう。当時を振り返ることができるとすれば、私も幼少のころ、今のとなかい公園での写真が残っている。若い樹を植えて、まさにニュータウンそのもの、商店街には活気があり、うちの店は神戸屋パンの看板を出して、今では考えられないほどの駆け込みのお客さんと向き合っての商いをしていたという(父母談)。小さいころは、私の友達とともに、遠足のためのお菓子を買いに「つちやの店に行って、200円分のお菓子を買いに行こう」と言われた。アイスクリームに、センタンの豚まんあんまん、神戸屋のチョコボーやサンミーは私の大好物だった。当時の記憶は本当にいろいろと残っている。
 今、この店も、この商店街も、過渡期を迎えている。これは、竹城台に限ったことでない。他の商店街もまた、空き店舗をどうしていくのか、廃れてしまうのか、協議されているところもあれば、そのままになっているところもある。竹城台の商店街もまた、店主それぞれが、高齢化の一途をたどり、後継者の有無によって、その存続が決まってくる定めである。
 今、私は、介護事業を平成21年5月から、この店の2Fを間借りして、事業運営をしてきたが、5年目を迎え、下の店舗で、介護の相談コーナー、コミュニティを作っていこうと考えている。1Fに下りることで、地域の方と、直接お目にかかる機会を作ることもできるだろうし、今までのご縁を大切に、母もまた、自分の生きがいを続けていこうと考えているようである。介護だけでなく、小学校区に位置していることもあり、子どもにもなじみのできる居場所としてあり続けたい。在宅、介護、そして認知症というキーワードを基に、竹城台という地域性を理解し、暮らしを続ける住民の方の味方になっていきたい。今後、地域ケア会議といった事業も本格化されていくであろうが、制度にとどまることなく、純粋に、地域とのセッションの場のひとつ、社会資源を自ら開発していく使命を担っていきたいものである。

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